【医師監修】ヒアルロン酸注射で最も注意すべき合併症「血管塞栓」とは

ヒアルロン酸注射は、シワやたるみ、輪郭の悩みを解決してくれる人気の美容医療です。しかし、その手軽さの裏で、決して忘れてはならない重篤な合併症が存在します。それが「血管塞栓(けっかんそくせん)」です。
これは、全合併症の中でも特に緊急性が高く、皮膚の壊死や失明といった深刻な後遺症につながる可能性がある、最も警戒すべきトラブルです。
この記事では、ヒアルロン酸注射による血管塞栓にテーマを絞り、なぜ起こるのか、どんな症状が出るのか、そして万が一の際の治療法や予防策までを専門的な視点から詳しく解説します。安全に施術を受けるために、正しい知識を身につけましょう。
なぜ起こる?血管塞栓のメカニズム
血管塞栓とは、注入したヒアルロン酸製剤が誤って動脈内に内に入り込み、血流を塞き止めてしまう状態を指します。
私たちの皮膚や組織は、網の目のように張り巡らされた血管から酸素や栄養を受け取って生きています。しかし、ヒアルロン酸の粒子が血管内で「栓」をしてしまうと、その先にある組織への血流が完全にストップしてしまいます。
血流が途絶えた組織は、数時間のうちに酸欠・栄養不足に陥り、時間とともにダメージを受け、最終的には組織が死んでしまう「壊死(えし)」に至ります。特に、顔の中心部を走る血管は目の奥の動脈(眼動脈)と繋がっているため、そこに塞栓が起きると「失明」という最悪の事態を引き起こすのです。
血管塞栓が起こりやすい「危険部位」
血管塞栓は顔のどの部位でも起こる可能性がありますが、特に血管の構造上リスクが高いとされる「好発部位」が存在します。
危険部位 | なぜリスクが高いのか |
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鼻(鼻筋・鼻先) | 皮膚が薄く、血流が乏しい部位。鼻筋に沿って動脈が奏功しているため、鼻筋にヒアルロン酸を注入する際に気を付けないといけない部位。 症状としては、鼻の皮膚壊死が起こる可能性がある。 |
眉間 | シワ治療で人気の部位だが、皮膚のすぐ下を眼動脈の枝である滑車上動脈(かっしゃじょうどうみゃく)が走行しているため、失明リスクが極めて高い危険ゾーン。 |
ほうれい線 | 顔の動きに関わる重要な血管(顔面動脈など)が近くを走行している。深いシワを改善しようと、一度に多くの量を注入する傾向があり、リスクが増加する。 |
額(ひたい) | 眉間と同様に、滑車上動脈や眼窩上動脈といった眼動脈の枝が走行している。広範囲の皮膚壊死や失明のリスクがある。 |
これらの部位は、解剖学的に重要な血管が皮膚表面に近い部分を走行しているため、特に慎重な注入技術が求められます。
血管塞栓のリスクが高くなるのはどんなとき?
1.先端が鋭い「注射針」を使った場合:
ヒアルロン酸の注入には、先端が鋭い「注射針」と、先端が丸い「マイクロカニューレ」という器具が使われます。
鋭い注射針は、皮膚の下にある細い血管を傷つけやすく、出血の原因となることがあります。そして、傷ついた血管のすぐそばにヒアルロン酸を注入すると、その傷口からヒアルロン酸が血管の中へ入り込んでしまう可能性があるのです。
一方、先端が丸いカニューレは、血管をよけながら進むため、血管を傷つけるリスクを大きく減らすことができます。カニューレを使えば100%安全というわけではありませんが、安全性を重視するクリニックでは、このカニューレの使用を標準としていることが多くあります。
2.同じ場所に何度も注入を繰り返している場合:
通常、皮膚の下の血管は柔らかく、針などが近づいてもスルリと避けてくれるような柔軟性を持っています。
しかし、同じ場所に何度も注入を繰り返していると、体の防御反応によって、注入されたヒアルロン酸の周りに薄い膜(コラーゲン被膜)が作られることがあります。これが組織同士の「癒着(ゆちゃく)」のような状態を生み、周りの血管を少しずつ硬く、動きにくい状態に固定してしまうのです。
柔軟性を失った血管は、針が近づいても避けきれず、傷つきやすくなります。その結果、注入を繰り返していない場合に比べて、血管塞栓のリスクが高まる傾向にあります。
3.強い圧力で一気に注入した場合:
血管塞栓の中でも、皮膚の壊死や失明といった特に深刻な後遺症につながりやすいのは、静脈よりも「動脈」が詰まってしまうケースです。
動脈は、心臓から送り出された血液が流れているため、常に内側から外側へ向かう強い圧力(血圧)がかかっています。そのため、通常は外部から物が入り込みにくい構造になっています。
ところが、施術の際に注射器で非常に強い圧力をかけてヒアルロン酸を一気に注入すると、動脈の血圧に打ち勝って、ヒアルロン酸が血管内へ無理やり押し込まれてしまうことがあります。
ゆっくりと優しい力で丁寧に注入するという医師の繊細な技術が、このリスクを避けるためには非常に重要になります。
見逃し厳禁!血管塞栓の危険なサインと症状
血管塞栓の症状は、時間との勝負です。初期サインを見逃さないことが、後遺症を最小限に食い止めるカギとなります。
施術中~直後の初期症状(適切な治療をすぐ行えば、後遺症は残りません)
激しい痛み:通常の注入時のチクッとした痛みとは明らかに違う、注入後も続く拍動性の痛みが特徴です。
皮膚の色の変化:注入した場所から広がるように、皮膚がまだらな紫色(網状皮斑)になったり、血の気が引いたように白っぽくなったりします。この色の変化は、注入部位から少し離れた場所に現れることもあります。局所麻酔の影響でも白くなるため、他の症状と合わせて判断する必要があります。
当日晩~数日後の症状(後遺症が残る可能性が高くなります。)
明確な変色:皮膚の色が、蒼白や紫色から、時間とともに赤黒、そして黒色へと変化していきます。これは組織の壊死が進行しているサインです。内出血であれば赤あざ程度なので、鑑別は容易です。
水ぶくれ(水疱):ダメージを受けた皮膚に、やけどのような水ぶくれができます。
ニキビ:アクネ菌が活発化する結果、鼻の毛穴に一致して白にきびを生じます。
感覚の麻痺:変色した部分の感覚が鈍くなります。
失明の症状:目の奥の痛み、急激な視力低下、視野が欠ける、光を感じなくなるなどの症状が現れた場合は、一刻を争う緊急事態です。
もし施術中や施術後にこれらの異常を感じたら、絶対に我慢したり、様子を見たりしてはいけません。クリニックを受診できないのなら、救急を受診しましょう。
もし起きたら?緊急の治療法
血管塞栓が疑われた場合、治療は「時間との勝負」です。組織の壊死が進む前に、いかに早く血流を再開させるかがすべてを決します。自身の経験上、まず痛みが生じます。そのため、注入直後に拍動性の痛みや、普段より痛みが強くなっていないか、必ずお聞きするようにしています。
注入後に異常があれば、すぐに治療を行えば、皮膚壊死や失明にいたる可能性は大幅に減少します。
ヒアルロニダーゼの大量注入
最も重要かつ基本的な治療です。塞栓の原因であるヒアルロン酸を溶かす分解酵素「ヒアルロニダーゼ」を、塞栓が疑われる範囲に広範囲かつ大量に注入します。これにより、血管内の「栓」を溶かし、血流の再開を目指します。レディエッセ注入でも、効果があると言われています。
血管拡張薬・血流改善薬
内服薬や点滴で血管を広げ、血液をサラサラにすることで、わずかでも血流を改善させる効果を狙います。当院ではPGE1製剤を使っていますが、それ以外にはバイアグラなどのED治療薬が血管拡張薬として使われることがあります。
高圧酸素療法
専門の設備がある医療機関で行われます。高気圧の環境下で高濃度の酸素を吸入し、血流が滞っている組織へ直接酸素を届け、ダメージを軽減します。
しかし、高圧酸素療法を備えている医療施設は少ないため、現実的ではないかもしれません。ちなみに、高圧酸素療法は、スキューバダイビングの事故の一つ、「減圧症」の治療によく使われています。
その他
組織の炎症を抑えるための「ステロイド」や、血流が悪くなることで活発になるアクネ菌による二次感染を防ぐための「抗生剤」、炎症や痛みを抑えるための「鎮痛剤」などが併用されます。
これらの治療は、施術したクリニックですぐに対応されるべきものです。万が一に備え、ヒアルロニダーゼを常備し、緊急時の対応体制が整っているクリニックを選ぶことが非常に重要です。
ヒアルロン酸注入後の血管塞栓について 院長からの体験談とコメント
ヒアルロン酸注射による血管塞栓の症状、起こりやすい条件などが広く知られるようになった現在でも、血管塞栓にたびたび遭遇します。
初期症状としては、ヒアルロン酸注入後の拍動性の痛みがポイントで、注入が終わった後で普段とは違う痛み、拍動性の痛みが無いか、患者様本人に伺うようにしています。
血管塞栓が疑われる症状があれば、ヒアルロニダーゼ注射や、血管拡張剤などを内服してもらい、1時間程度経過を観察します。皮膚の色、痛みが改善すれば、帰宅していただきますが、緊急連絡先を伝えて、持ち帰りの内服薬をお渡ししています。
血管塞栓の初期症状を見逃してしまうと、患者様が帰宅後、クリニックの営業が終了してから皮膚症状や強い痛みが出ます。ヒアルロン酸注入を受けたクリニックの受診が難しい場合は、必ず病院の救急を受診しヒアルロン酸注入後と伝えて治療を受けましょう。
治療が早ければ早いほど、後遺症が残る可能性を低くすることが可能です。